吉玉さんnote表紙2

新しい自分に出会いたい | 人生で初めての登山 【#1 高尾山編】 by吉玉サキ

ちょっとだけ自分を変えたい、新しいことを始めたい。

そう思うことはないだろうか?

転職や移住ほど大きな変化ではなく、髪色を変える程度の、いつもと違う道を通って帰る程度の、小さな改革。

その選択肢のひとつに登山があったら素敵だな、と思う。挑戦というほど大げさじゃなくて、日常の中でふと、「山に登ってみようかな」と思うような(もちろん安全に注意することは大前提だけれど)。

申し遅れたけれど、私は吉玉サキという。今はライターをしているが、2年前まで山小屋で働いていて、山にまつわる文章を書いたりしている。

2019年の夏、YAMAPのさきむらさんと「小さな改革」の話をしていて、ある企画が生まれた。山に登ってみたい人を募集し、初登山の様子を記事にするというものだ。私のnoteで参加者を募ったら思いがけずたくさんのご応募をいただき、とても驚いた。

その中から、私とさきむらさんで企画に参加していただく2名を選んだ。選んだ理由は、志望動機欄に書かれた想い。

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「自己肯定できない自分を変えたい」と書いたまなみさん。都内で働く30歳の会社員だ。

個人的なことだからここには書かないが、なぜ自分を変えたいのか、その切実な気持ちを志望動機欄に綴ってくれた。

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「気持ちをリセットする方法を増やしたい」と書いたゆみさん。27歳で、同じく都内で働いている。

応募時にnoteを拝読し、自分とうまく付き合うため試行錯誤している姿に共感した。

ふたりに共通しているのは、ありふれた言葉で言えば生きづらさだ。一見なんの問題もなさそうな「ちゃんとした人」が、実はままならない自分自身に悩まされ、どうにか変えようともがいている。そんな印象を受けた。

ふたりの手助けをするべく、昨年の10月から12月にかけて、彼女たちの初登山を見守ってきた。その様子をエッセイに書いたのがこの連載だ。

第一回は、高尾山に登った日の話。


初対面のメンバーと初登山。会話ははずむのか……?

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ある秋の朝、私たちは京王高尾山口駅で待ち合わせた。第一回目の今日は高尾山(599m)に登る。まなみさんとゆみさんは登山靴を持っていないので、手持ちのスニーカーで登れる山を選んだ。

今日のメンバーは6人。主役であるまなみさん、ゆみさん。私と、夫であるイラストレーターのデザイン吉田(この企画では漫画を担当)。YAMAPからは、さきむらさんとコーマさんだ。

私と夫は少し早く着いた。グループメッセージにその旨を投稿すると、まなみさんもすでに到着しているという。服装を聞き、それらしき女性に声をかけたら本人だった。

雑談しながらほかの人たちを待つ。まなみさんは、メールの印象よりも朗らかで話しやすい。初めての登山に少し不安があるようだ。

数分後、小柄な女性が声をかけてきた。可愛らしいカーディガンにトートバッグ。登山っぽくない服装で一瞬わからなかったが、ゆみさんだった。いるだけで場があたたかくなるような、可憐な人だ。

ほどなくして、さきむらさんとコーマさんがやってきて全員が揃った。

6人のうち、ほとんどがこの日初めて顔を合わせる。丸くなって自己紹介をした。私は人見知りで、こういう場面では緊張でぎこちなくなる。どうやら、まなみさんとゆみさんも同じタイプのようだ。

気まずい空気に耐えられなくなり、「じゃ、行きますか」と歩き出した。

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高尾山は複数のルートがある。この日は台風19号の影響で通行止めの箇所もあった。

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案内板の前でデザイン吉田からルート説明を受ける。

ちなみに彼は、毎週のように高尾山に登っていた時期がある高尾山マニア。この日のルートも彼が決めた。

歩きはじめたところで、まなみさんがおずおずと、「あの、初心者なんでわからないんですが、準備運動とかしなくてもいいんでしょうか……?」と切り出した。

あ、忘れてた。少しだけ山に慣れているからつい忘れてしまうのだが、とても大切なことだ。まなみさんの視点に感謝する。

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ケーブルカーの駅の辺りは人が大勢いたが、1号路を歩きはじめるとぐっと人が減った。

ぽつぽつとお喋りしながら歩く。

まなみさんは積極的に話しかける。マイペースそうに見えるけど、会話を弾ませようと気を遣っているのだろう。一方おとなしいゆみさんは、自分から話しかけることは少ないものの、話しかけられるとにこやかに応える。

ふたりとも、とても人当たりがいい。ちゃんと仕事もしているし、それぞれに魅力的だ。それでも、自分を変えたいと願っている。悩みも自己否定も、他人からはわからないよなぁ。

山に登ってみて感じること、気づくこと

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道は舗装されているものの、両サイドを木々に囲まれ視界が緑だらけになる。郊外で生活する私ですらちょっと「おぉ!」と思うので、都内で会社員をしているふたりにはとても新鮮なんじゃないか。

そう思い、となりにいたゆみさんに「ふだん、こんなに自然を感じることってありますか?」と尋ねたら、

「いいえ、ふだんはないですね~」

と返された。誘導尋問してしまったな。

この企画をするにあたって、「ほら、山っていいでしょう、日常とは違うでしょう」と、私のほうから“気づき”を促すのはいやだなと思っていた(気づくを名詞形にする言い方も、個人的に好きではない)。

まなみさんとゆみさんには、山を自由に感じてほしい。たとえ何も得られなかったとしても、それはそれで本当のことだから。

そう思っていたのに、ついつい誘導してしまった。よくない。

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チョコミントのような色合いの蝶がいた。その場にいたおじさんが「アサギマダラ」だと教えてくれる。「4月にタイを出て、6月にここに着くんだ」と言っていた。

「2ヶ月ずっと羽ばたいてるのかな?」「いや、途中で着陸して寝てるでしょう」

そんな話をしながら歩いた。蝶に詳しい人にとっては、ばかみたいな会話だろう。

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少しずつ山道っぽくなり、「登山してるぞ!」という感じになってきた。樹林帯は日差しが木々に遮られ、虫の音が大きくなる。まなみさんとゆみさんは、息が上がることもなく、楽しそうに歩いていた。

ゆみさんは申し訳なさそうに、「私は覚えてないんですけど、親に聞いたら、小さい頃に高尾山登ったことあるそうです。すみません」と言った。いやいや、謝らなくていいですよ。

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ステップ(木製の階段状の登山道)を登りきると金比羅台。東京を見渡せる展望スポットだ。ふたりの表情がパッと輝く。

「スカイツリーだ!」「あのへんが六本木ヒルズかな?」など、見たことのない角度から東京を眺めた。

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まったくの余談だけれど、YAMAPスタッフのコーマさんが持ってきた“アパホテルの水”の話題でひとしきり盛り上がった。そりゃ盛り上がるよな、アパ……。

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しばらく歩くと、ケーブルカーの高尾山駅に到着する。このあたりはお土産物やお団子屋など、お店が多い。人通りも増え、さっきまで山にいたのに急に観光地に来た気分だ。

観光地化された自然を嫌がる人もいるけれど、この楽しげな雰囲気は登山の入り口としてちょうどいいのではないかと思う。ふたりもワクワクした様子。

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ベンチで少し休憩。ゆみさんとまなみさんはすっかり打ち解けていて、「休みの日は何をしているんですか?」と質問しあっていた。

ゆみさんは社会人の吹奏楽サークルでクラリネットを吹いているという。とても細くてか弱そうなのに意外と余裕なのは、吹奏楽で肺活量が鍛えられているからだろうか?

一方まなみさんは椿油を自作するそうだ。大島椿で有名な大島へ行き、精製の方法を習ってきたという。すごい知的好奇心。

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ここから2号路へ入ると、急に山っぽくなる。この道は登山客も少なく静かで、樹林帯に鳥の声だけが響いていた。

2号路を抜けて4号路へ入ると、登山道はさらに険しくなる。

それでも、まなみさんとゆみさんはまったく平気そう。もう少しヒイヒイ言ってくれたほうがエッセイとしては映えるが、初めての登山が辛かったら山を嫌いになるだろうし、楽しむ余裕があるのはいいことだ。YAMAP勢は「意外と健脚説!」と言って喜んでいた。

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「なんかすごく、遠くを見てるなって思います」

まなみさんがポツリと言った。

「遠く?」

「ふだん、こんなに遠くを見ないなって。仕事もデスクワークなんで。パソコンとかスマホとか、いつもはもっと近くばかり見てるなぁって」

たしかに。街では、視界はすぐに壁や建物に遮られる。それに比べると、ここは視線の行き止まりがずいぶん遠い。

よく気づく人だな、と思う。山に来たことで、相対的に“ふだん”に気づく。その感じがすごくいい。

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意外とよく揺れるつり橋の上で、ぼうっと川を眺める。「水の流れ、ずっと見ていられますね」と言ったら、ゆみさんがしみじみと頷いてくれた。

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なぜか木版画で使う「ばれん」の話題になり、懐かしさでひとしきり盛り上がる。仕事でも恋愛でも趣味でもない、どうでもいい話題で笑えることが嬉しい。いつの間にか緊張がほぐれていることに気づく。

まなみさんとゆみさんの「小さな改革」を見届ける私自身も、この企画を通して変化しているのだ。

「山頂までもうすぐです」

私がそう言うと、さきむらさんに「山やってる人の『もうすぐ』はあてにならないからなぁ。『もうすぐ』って言われてからがすごく長い」と言われた。

本当にその通りで、「もうすぐです」と言ってしまってからがけっこう長かった。

山頂ランチは花のないお花見

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山頂に到着。お喋りしながら簡単に登れてしまい、達成感はあまりない。ふたりとも、終始にこにこと晴れやかな表情をしていた。

秋晴れが気持ちいい日で、山頂では多くの人がレジャーシートを広げ、思い思いに寛いでいる。

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私たちもシートを広げて昼食の準備。メニューは、山で作るインスタントラーメン、私が作ったおにぎりとだし巻きたまご。

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コッフェルでインスタントラーメンを湯がき、フライパンでウインナーとカット野菜を炒める(スーパーで売っている袋入りのカット野菜はこういうとき便利)。

ガスとコッフェルと食材はYAMAPチームが用意した。まなみさんとゆみさん、屋外での調理は初めて。「わぁ……!」と、嬉しさと驚きが入り混じった表情をしていた。

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みんなで乾杯し、お昼ごはん。

「敷物に座ってみんなでごはん食べるのって、登山ではよくあることなんですか? なんかお花見みたい。日本独自の文化って感じですごくいいですね」とまなみさん。

そういえばお花見みたいだなぁ。花がないからピクニックか。登山と言うとハードルが高いけど、ピクニックならそうでもない。

いろんな話をしながら、のんびりお昼を食べた。

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ランチのあとは食後のコーヒータイム。もうお腹いっぱいだけれど、それぞれ持ち寄ったお菓子を広げる。

このとき、まなみさんの天然(?)が炸裂してみんな笑い転げた。そのエピソードはデザイン吉田が漫画にしたので、文末を見てほしい。

ノリで「俺の考えた最強のオレオ選手権」が始まった。写真は、オレオとアルフォートとキャラメルを合体させて焼いてみたもの。山に登ると童心に返る……というわけでなく、こういうことをする人はふだんからする(私だ)。

楽しくて、下山したくなくなった。ゆみさんとまなみさんも楽しそう。数時間前よりずっと、リラックスした表情をしていた。

下山は小旅行気分。そして、初めての登山の感想は……?

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下山は1号路。

薬王院でお参りをする。ゆみさんとまなみさんはおみくじをひき、書かれた文言を真剣に読んでいた。小旅行っぽくて楽しい。

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薬王院のあたり、ここ数年でこういうのが増えている。本当にご利益あるのかな。

触れると北島三郎の歌が流れる歌碑もあった。まだ若いコーマさんがサブちゃんの歌にしみじみ「いいっすね」と言っていて、「そこ、純粋な肯定なんだ」と少し意外に感じた。

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「お腹いっぱいで眠いね」などと言いながらのんびりと歩き、無事に下山。朝に待ち合わせた高尾山口駅で、今日の感想を聞く。

ふたりとも、笑顔で「楽しかったです!」と言ってくれた。明日は会社だけれど、疲労や筋肉痛も大丈夫そうとのことだ。

「じゃあ、この企画の次回ロケも参加してもらえますか?」と尋ねると、一瞬キョトンとされた。当たり前じゃないですか、という顔。そして、「もちろんです!」と力強いお返事をくれた。

心底ほっとしたし、嬉しかった。企画が無事に運んでいる安堵感だけではない。

今日初めて山に登った人が、また山に登りたいと思ってくれた。たぶん、山を好きになってくれた。

そのことが、たまらなく嬉しいのだ。

当たり前だけれど、たった1回の登山で劇的な変化が……なんてことはない。

ふたりとも、明日になればいつもと同じ1日を過ごすだろう。言いたいことを言えなかったり、イライラしたり、落ち込んだり。そんな自分を変えたいと思うことも、きっとあると思う。

けれど、変わり映えしない日常の中で、「週末になったら山に行けるもんね!」と思うことがお守りになる。近い未来、そんな日が来るかもしれない。

今日は、その可能性を拓く第一歩だった。

【予告】次回はふたりが初めての登山靴を買いにいく予定です。

おまけ デザイン吉田の1Pまんが

【笛ラムネ】

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【現代感覚】

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